子どもって哲学者みたい

まだまだ暑い日が続いています。 体温調節苦手民としては、なかなか辛いところです。 暑いだけで体力が奪われて、寝落ちしてしまう日も数知れず。

 

さて、そんな私ですが、子どもたちが寝る前にはなるべく一緒に絵本を読むようにしております。

先日、恐竜に関する絵本を読み、 「さぁもう寝よう」というタイミングで、 突然、息子からとある問いが投げかけられました。  

 

なんで地面を掘って人間の骨が出てきたら怖いのに、恐竜の骨(化石)が掘って出てきても怖くないの?

 

「、、、確かに」

   

そんなこと、今の今まで考えたこともなかった訳ですが、言われてみれば、確かに彼の疑問にも納得です。

「確かに、、、」を何度か繰り返した後、 なんとかこれについて答えようと思ったのですが、

、、、これ、意外と難問じゃない?

 

ひとまず、その二つに何らかの違いを感じるから、最終的に恐怖の対象かどうか分かれるはずなので、その違いこそがカギなのであろう。

 

では、人間と、恐竜以外の骨については、いったいどう感じるのだろうか。

例えば、、、

犬や猫は?

マンモスは?

息子にも聞きつつ、自分自身にも問いを投げかけて、恐怖の境界線の感覚を探ってみることに。

あくまでも個人の感覚の問題なので、答えは当然人によって違うであろうが、犬猫、マンモスに関して息子と私の感覚は割と近かった。

犬猫の骨には恐怖を感じるが、マンモスの骨には感じないであろうという結論に至る。

これによって、ある仮説がたてられた。

 

恐竜やマンモスは、現在はいない昔の生き物だから、怖さを感じない説。

 

この路線でもう少し深掘りしてみることに。    

昔の生き物であれば、恐怖を感じないのなら、いわゆる原始人のようなヒトたちも昔の生き物である。

これについては、どうだろうか。

 

少し考えたが、私と息子は「ちょっと怖い」と感じていた。  

つまり、その違いは昔生きていて今はいないから、というだけでは無さそうだ。

その後も様々な生き物等をふるいにかけ、 最終的に出した結論は、

自分が身近に感じる生き物であるか否かが、その骨に対する恐怖を感じるか否かに大いに関係していそうだということだった。

その理由についても考えてみた。

骨→死を連想してしまうことから、 対象が自分の身近な存在であればあるほど、 死への恐怖がより身近に感じられ、 より怖いと感じるのではないか。

 

息子には、正解は分からない(というか、ない?)けれど、こう思ったと伝えて、息子の考えも聞いてみた。  

息子の方はまだ考え中のようだったので、面白い問いだから、もし何か答えが浮かんだら教えてほしいとお願いしておいた。

 

息子なりの答えが楽しみ。     

それにしても、子どもの大人なら見過ごしてしまいそうなことについても着目して疑問を持って考える姿勢に、純粋に関心した。  

子どもって随分と哲学的な質問をするんだなぁと思ったし、考える間もなんだかこちらまでワクワクして楽しかった。  

明確な答えのない問いについて、子どもと一緒に考えたり、話したりしている時間は、私にとってすごく心地のいい時間で、また時間があるときにじっくり子どもと色々なことを話してみたいな、と思った訳です。

   

とはいえ、日々をバタバタと過ごし、哲学的な思考を忘れかけた大人が、具体的に子どもと話す題材が浮かばない、、、という時に使いたい本、見つけました。  

公平って?友達って?等、考えてみたいお題が色々と載っています。

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お出かけの長距離移動の時なんかに家族で話すのもきっと楽しいですよね。

親子で楽しみたいと思います。

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